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東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)62号 判決

原告

フマキラー株式会社

代理人

中松澗之助

外二名

弁理士

山下穣平

被告

特許庁長官

荒玉義人

代理人

城山鉄雄

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一〈略〉

二そこで審決の当否について判断する。

(一)  本願発明の要旨について

本願発明の明細書の「特許請求の範囲」に、「アレスリン或はピレトリンを繊維板類に吸着させ燻熱を伴うことなく120〜140℃の温度に加熱してこれら有効成分を揮散させることを特徴とする殺虫方法」と記載されていることは当事者間に争いなく、この記載に……右明細書の「発明の詳細な説明」および図面の記載を対比すると、本願発明の要旨は、右「特許請求の範囲」の記載のとおりであると認められる。

以下この点に関する原告の主張(編注―本願発明の方法の実施に当つては、「アレスリンまたはピレトリンを吸着させた繊維板類を発熱体上に接触させて加熱すること」が必要で……あるから、本願発明は……「右の繊維板類を発熱体上に接触させて加熱すること」を要件とするものであり、したがつてその要旨は「アレスリンあるいはピレトリンを繊維板類に吸着させ、これを発熱体上に接触させて燻熱を伴なうことなく120〜140℃の温度に加熱してこれら有効成分を揮散させることを特徴とする殺虫方法」にあると解すべきである)。の当否について検討する。

特許法第三六条第二項第四号が、特許出願にあたり願書に添附すべき明細書の必要的記載事項として「特許請求の範囲」を掲げ、同条第五項において右「特許請求の範囲」には、「発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない。」と規定しており、また出願発明が特許されたものである特許発明について同法第七〇条が「特許発明の技術的範囲は、願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない。」と規定しているのによれば、出願発明の内容の理解であるその要旨の認定も、特許発明の内容の理解であるその技術的範囲の確定も、明細書の「特許請求の範囲」の記載を基本とし、これによつてなさるべきものといわねばならない。そして「特許請求の範囲」の記載によるといつても、もとよりその記載された文言、表現のみによるべきものと解すべきではなく、例えば「特許請求の範囲」の記載に用いられている技術用語が通常の用法と異なり、その旨が「発明の詳細な説明」に記載されているとか、「特許請求の範囲」に記載されているところが不明確で理解困難であり、その意味内容が「発明の詳細な説明」において明確にされているというような場合等に、これら用語、記載を解釈するに当つて、「発明の詳細な説明」の記載を参酌してなすべきであるのはいうまでもないが、これは、すでに「特許請求の範囲」に記載されている事項の説明を「発明の詳細な説明」の記載に求めるのにすぎないことであつて、「特許請求の範囲」の記載についてその合理的な解釈をすることにほかならない。しかしながらこれと異なり、「特許請求の範囲」の記載が明確であつて、その記載により発明の内容を適確にはあくできる場合に、この「特許請求の範囲」に何ら記載されていない、「発明の詳細な説明」に記載されている事項を加えて当該発明の内容を理解することは、右のようにすでに「特許請求の範囲」に記載されている事項の説明を「発明の詳細な説明」の記載に求めることではなく「特許請求の範囲」に記載されているものに、新たなものを附加することであつて、前記のごとく発明の内容の理解が「特許請求の範囲」の記載を基本とし、これによつてなさるべきことに反するものであり、出願発明の要旨認定においても、特許発明の技術的範囲の確定にあたつても、許されないところである。

これを本願についてみると、その「特許請求の範囲」の記載は前記のとおりであつて、その記載のどこにも繊維板類を120〜140℃の温度に加熱する方法についてこれを限定する趣旨の記載はなく、その記載は明確であつて、これによつて発明の内容を理解するに十分である。そしてこの「特許請求の範囲」の記載と対比し、また当該各記載内容を検討するとき、原告の挙示する「発明の詳細な説明」の項におけるa、b、cの各記載は「本願発明そのものの説明」としてその内容を規定すべきものではなく、本願発明におけるいわゆる具体的実施例ないし実験例についての説明であるとみるべきは明らかであつて、本願発明の要旨は前記のごとくその「特許請求の範囲」のとおりであると認定するのが、法の規定にそうこの出願発明の合理的解釈というべきである。すなわち本願発明は原告主張のごとく「繊維板類を発熱体上に接触させて加熱すること」をその構成要件とするものではない。

(二)  本願発明と引例一との比較

この点につき原告は、本願発明がその構成において「繊維板類を発熱体上に接触させて加熱すること」を要件とするものであることを前提として、引例一に比し進歩性を有する旨主張するのであるから、前記したところによつて明らかなように、右主張は前提を欠き、それ自体失当というべきである。そしてこの点における審決の判断が相当であることはつぎのとおりである。

すなわち甲第三号証によれば、引例一には、内部に線香、ローソクランプその他電熱器等適当な熱源を装置した筒状体の頂部に、ピレトリン等の殺虫剤を附着ないしは浸透した繊維板を装着し、右繊維板を加熱することによつて、殺虫剤を揮散させる殺虫手段が記載されていることが認められるのであり、本願発明と右引例一とを比較すると、両者は、ピレトリン等の殺虫剤を吸着させた繊維板を燻熱を伴なうことなく加熱して殺虫有効成分を揮散させる殺虫手段である点で一致し、前者が繊維板類の加熱温度を120〜140℃に規定する点においてのみ相違するといえる。ところで本願発明における右の加熱温度の規定が、殺虫剤の分解を防止してその有効な揮散をもたらすためのものであることは、明細書の「発明の詳細な説明」の記載によつて明らかであるが、引例一においても、特に繊維板の加熱温度について限定していないが、前記のようなその手段の性質上、ピレトリン等の殺虫剤を気化蒸発させるに十分な温度まで加熱し、またこれを燃焼させるものでないことは明らかであつて、引例一においても右の温度範囲ないしはその附近の温度を保持して加熱されるものとみるのが相当であるから、これと本願発明とは殺虫手段として格別の差異を有するものではなく、一方甲第四号証によつて認められる、すでに引例二によつてピレトリン等の殺虫剤を加熱して揮散させる殺虫手段において、その分解を防止すべく、高温加熱を遮断する工夫が示され、かように加熱温度の調整によつて殺虫剤の分解を防止する意図が提示されていることをも合わせ考えるならば、格別の具体的な適用手段の提供を伴なわない、本願発明における右の加熱温度の規定自体は、すでに引例一によつて公知である殺虫手段につき、殺虫剤の分解を防止して有効な揮散ができる最適の加熱温度を知覚、確認したのにすぎないことであつて、―かりに原告主張三、(二)、(ⅲ)のような本願方法を実施する装置についての商業的成功等の事実があるとしても―これによつて進歩性のある発明をしたものとはなし得ない(原告は、本願発明は、右の温度範囲の規定を適用する具体的手段として「繊維板類を発熱体上に接触させて加熱すること」を提供したものであるというが、本願発明においてそのような加熱方法が構成要件とされていないこと前記のごとくであるから、それが120〜140℃に加熱することないしはこの加熱温度に安定することについて適切、十分な手段であるか否かを問うまでもなく、右主張は採用に値しない。)。

(三)  以上のとおり、原告の主張は理由がなく、本願発明に進歩性がないとしてその特許性を否定した審決は相当である。

三よつて原告の請求を棄却す……る。(古原勇雄 杉山克彦 楠賢二)

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